「神子、無理に私を選ばなくとも良い。お前はお前の幸せを選びなさい」

 本当は少しもそんな事を思っていない筈なのに、先生は静かにそう言った。

 感情の揺らぎを見せないのは、其れも長く時を過ごして来たが故の賜物、なのだろうか。

 そんなの、ちっとも良い事じゃないのに。

「無理に選ぶんじゃないです。私は先生と幸せになりたいんですよ」

 只管に私は言い聞かせるように。

 其れでも先生は素直に納得してくれはしない。

「……私は、数多の運命のお前を見てきた。神子、私を選んだ場合のお前が常に凄惨な死を迎える。――私はお前を不幸にする」

 淡々と語られる言葉の裏に潜んだ真実に私は愕然としそうになった。

 “私を選んだ場合の”なんて、そんな台詞、私が“別の誰かを選んだ”のを見た時にしか使えない言葉だ。

 私自身がどんな死に方をするかという事よりも、その事実がショックだった。

「仮令お前が誰を選ぼうとも、私は必ずお前を護る」

 ――だから他の人を選びなさい?

 ねえ、そんな残酷な事を言わないで下さい。

「私は死にません。先生が何度“私”を失ったのかは知りませんけど、私は、絶対に死にません。其れでも先生は私の想いを受け入れてはくれないんですか」

 私の事を好きでいてくれているのに。

 私を想うが故に私の気持ちを蔑ろにしようとする。

 そんなの、納得出来るわけがない。

 先生は暫し言葉を模索していたようだったが、次第、諦めたように目を細め、口を開いた。

「神子。私は何故お前がそのように想ってくれるのかが解らない」

 何故、なんて。

 そんなの私にも解らない。

 何時の間にか掛け替えの無い人になっていた、ただその事実が確固としてあるだけ。

「私は、神子に何も与える事は出来ぬままだ。平穏な未来も、幸せな生も……。――私は神子に想われるような人物ではない」

 勝手に決めないで欲しい。

 自己完結をして、私を拒絶してしまわないで。

「私は先生が好きなんですよ」

 だからこんなにも懸命になるの。

 解って欲しくて、逃げないでいて欲しくて、懸命になる。

「――其の無償の言葉が、想いが、……私に向けられるべきものなのかどうか、戸惑ってしまう」

 戸惑う必要など何処にも無いのに。

 真実をありのまま受け入れて欲しいと私は思っているのに。

「無償が怖いって言うんですか? ……何時、消えてしまっても可笑しくないものだから?」

 目に見えるものでないからこその移ろいは確かに不安かもしれない。

 何時までも変わらないだなんて、そんなものは無いだろうから。

 だから、先生の言い分はわからないわけじゃない。

「……そうかもしれぬ」

 ただ、少し寂しい。

 消えてしまうものなんだ、って思われていることが。

 此れは本当に私の我儘。

 がむしゃらに何かを信じるには先生は余りにも知りすぎているから。

 ――臆病になってしまったその姿すら愛おしいだなんて、私も結構重症だ。

「じゃあ先生、私のこの想いは無償じゃないってことにします」

 そっと胸に手を当てて、笑みながら私は先生に提案をする。

 私の突然の発言に先生は些か驚いたような表情をしてみせた。

「神子? 其れは一体……」

「私の想いの分だけ、私を抱きしめて下さい。優しく微笑んで下さい。頭を撫でて下さい。私の事を好きでいて下さい。……私が喜ぶようなことを、沢山沢山、して下さい」

 ねえ、それだったら対等でしょう?

 無償にならぬように、それだけのものを私に返して下さい。

 これで良いでしょう、と言う気持ちを込めて笑顔を向けてみると、先生は俄かに表情を緩め、口を開いた。

「神子、お前が望む通りに――」

 ……何時か、お互いがお互いに無償の気持ちを与えられるようになれると信じて。




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