「誰も傷つかずにこの確執が終結させたいと? それはひどく傲慢で、壮大な被害を招きかねない発言だ、神子殿」
雪こそ降っていないものの、十分に冷たい空気が肌を冷やす。
軽蔑と迄は行かないが、それでも好意的ではない視線に曝されて僅かにだが萎縮してしまいそうになった。
彼が言いたいことが解らないわけではない。
いや、私が一番危惧していると言っても良いのだ。
――誰も傷つけずに戦を終えようと、敵にも武器を捨てさせようとするには、先ずこちらから先に武器を捨ててみせねばならない。
それは即ち其の状態で襲われれば、殆ど無抵抗に近い状態で壊滅してしまうことを意味する。
私はぎゅ、と拳を握り締めた。
泰衡さんの言葉に傷ついたわけじゃない。
ただ、そんなことも解らないような女なんだと思われたのが、悔しかった。
何か策があるのかではなく、端から感情のままに言った言葉なのだと決め付けられている。
女だから?
いや、彼は相手が誰であってもそんな甘い事を言う人物を擁護することはないだろう。
良い意味でも悪い意味でも、彼は現実を理解しすぎているのだから。
守りたいものを守るためなら敢えて汚名も被らねばならぬと言う事を知っているから。
――理想で、国は守れない。
「少しでも被害が減るかもしれないのに、賭けることも出来ませんか」
強い調子で言ってみても、単なる女の戯言としか捉えてくれぬのか彼の私を見る目は冷ややかだ。
まるで何かを見定めるように、ただ静かに私を見遣る。
疑って掛かっているのだろうか。私が源頼朝の間者かもしれぬと。
彼が私達の中で信用出来る人物は、九郎さんと弁慶さん程度。
恐らく最も身近にいる銀ですら完全には信頼しきってはいないのだ。
其れは何とも強く何とも憐れな光景。
強く在ろうとすればする程、守ろうとすればする程に彼は孤独に陥って行く。
信頼してくれて良いんですよ。
そう言ってたとてより不信感を募らせるだけだ。
「万に一つでも危険な要素があるのならば、それを試すのは現状で得策とは言えぬのでは?」
口調は丁寧であるのに、何とも刺々しさを感じさせる言葉。
「泰衡さんが考える方法は、本当に最良と言えるんですか?」
何を言って居るのか。そう問うように怪訝な目が私を貫く。
だがそれも直ぐに何事も無かったかのようにふいと逸らされた。
「――其れを決めるのは私ではないのでは?」
答えるのを避けたとも取れる発言をし乍、彼は緩やかに私に背を向けた。
決めるのは誰か。
平泉の民? 其れとも、他の誰か?
「此れにて失礼仕る。神子殿も早々に戻られよ」
突き放すように告げられれば最早此れ以上の会話は不可能。
私を一人残して去って行こうとする人の背中に私は一人ごちるように口を開く。
泰衡さんは振り返る気配も見せずに、消えて行く人へ向けて。
そうでもしないと私の此の引き攣ったままの感情に収まりがつきそうにも無かったから。
「私の考えなんて、聞いてくれもしないんですね」
――其の言葉が聞こえたか聞こえなかったのかなんて、私には解らなかったけれど。
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