時折無性に泣き出したくなることがある。

 貴方、本当に私の事が好きですか。

 貴方、本当はそんなこと解っていないんじゃないですか。

 だって貴方が怒った姿を見たことが無い。

 ただ微笑んで、優しい言葉を掛けている貴方しか見たことがない。

 ――不安になってしまう。

 私に向けられている言葉たちが、其の視線が、全て彼の勘違いなのだとしたら。

 ある日突然、「今までのことは間違いでした」と切って捨てられてしまったら。

 私は、何の為に――?



「……神子様?」

 掛かった声に漸く私は顔を上げた。

 自分の考えに浸っていた所為か、瞬時何故銀が声を掛けて来たのか悟る事ができなかった。

「御気分が優れないようでしたら、もう戻りましょうか?」

 其の言葉に半ば無意識に首を横に振り、未だ居たいという気持ちを告げる。

 そうだった。

 今日は銀に平泉の地を案内して貰っているのだった。

 先程までは雪の降り積もる景色を眺め微笑を交わしていたのに突如黙り込んでしまったのならば、それは心配をするものだろう。

「神子様がそうおっしゃるのならば、今暫く散策を楽しみましょうか。ですけれども、少々冷えますので気をつけて下さいね」

 此の平泉の地で最初に逢った時よりも、ぐんと親しげに笑ってくれる顔。

 その好意が心地良いと感じながらも、矢張り怯えずにはいられない。

 何を覚えているの?

 何を、忘れているの?

 貴方は、怒りや苛立ちといった感情を忘れてしまったままなのではないの。

 全てが良いものに見えているだけなのではないの。

 私、記憶を全て取り戻した貴方にも、こうやってちゃんと受け入れて貰える……?

「神子様、矢張り具合が悪いのでは……?」

 気掛かりなように問うてくる銀が居る。

 其れに答えずに、私は逆に質問を投げかけた。

「銀。銀が私に抱いている好意は、本当に好意なのかな? “普通”とか、そういう感情なんじゃないのかな」

 徐に話を切り出した私に、銀は些か驚いた風だった。

 けれども直ぐに私の言葉を否定するように首を横に振る。

「――他の誰でもない、神子様だからこそ私は“特別”だと思えるのです」

 澱みない、だが、説得力のない言葉だ。

 其れは他の皆と比べてのこと?

「私よりも“特別”が現れないとも限らない。若しかしたら銀は、憎悪を好意と勘違いしているのかもしれない。そう言い切れない根拠は何処にあるの?」

 ある意味酷な台詞であっただろう。

 銀自身、未だに自分の事を知っているというわけでもないのに、それを揺るがすような発言をする。

 こんなこと言う必要なんかないって解っていながらも、このまま何も気にしないふりなんてしていられなかったから。

「私を、お疑いになられるのですか……?」

 俄かに細められた目は、哀しい色をしていた。

 銀が私にどんな言葉を返して欲しいのかは解る。

 冗談だよと言う風に笑って、切り上げてしまえばそれでおしまい。

 でも、私は咄嗟に其れが出来なかった。

「だって、解らないんだもの」

「ッ! 神子様!」

 悲痛に満ちた声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には私は銀の腕に絡め取られていた。

 ぎゅ、っと。けれども直ぐに振りほどけそうな力で抱きしめられている。

「――貴方に疑われる事が、とても哀しい。ですが、私には弁明をするだけの確かなものが御座いません。……神子様、私は神子様の事を想っております。此の気持ちが信じられないのでしたら……どうか。情けを掛けることなどせずに、この腕を、振り解いて下さい」

 懇願にも似た響きを以って、紡がれた言葉はダイレクトに私の耳にと入ってくる。

 ――振り解けるわけないじゃないか。

 そのつもりだったのなら、腕に抱かれる前に押し退けている。

 其れに、この人は、こんなにも寂しそうなんだから。

「……ごめんね、銀。……少し不安になっただけだったの」

 その不安が解消されたわけではなかったのだけれど、私はその気持ちを殺して銀にそう言った。



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