あの男は狂っていると誰かが言った。

 あの男は歪んでいると誰かが言った。

 だったら、そんな男を好きな私は更に可笑しいのだろうか?

 嗚呼、それなら其れでも構わない。

 貴方、狂っているんでしょう?

 貴方、歪んでいるのでしょう?

 私、捻くれているんです。

 私、少し可笑しいんです。

 ね、こんな私達、お似合いだとは思わない?



 剣が黒く濡れていた。

 いや、正確には赤だっただろうか。

 宵闇の中では血の色はただ黒色としか目には映らない。

「……切ったの?」

 聞かずとも、見れば解る。

 剣先から滴り落ちる雫は、刃の色を染め替えてしまう程夥しい。

 そして、男の足元には数人の男達がピクリとも動かずに横たわっていた。

 そうすると此の場合問い掛けるべき言葉は、「殺したの?」の方が正しかったのかもしれない。

 でも聞くだけ無駄だっただろうから、敢えて其れは聞かない。

 どうせ、死んでる。

「――目障りだったからな」

 そんな理由で? と。責める言葉を用意するのは簡単。

 でも、私はちっとも本気で責める気にはなれなかったから其の言葉を口にしなかった。

 見たところ、此の周囲をうろついていたゴロツキだろう。

 同情する気も起きない。

 白龍の神子としてならば、どんな理由があっても殺すのは良くないとでも言うべきなのだろうけれど。

 何時の頃からか、人の死に対する道徳心ばかりが希薄になっていっていた。

 だって、やり直したら生き返るもの。

 私、時空を遡れるもの。

 そんな中で一々心を痛めたって、疲れるだけじゃない?

 ……私、もう疲れてしまった。

 だからいっそ、人の死に顔色一つ変えないこの男の傍が心地良い。

「……神子殿は随分と酔狂な女だな」

 呆れ半分。感心半分と言った言葉が男の口から洩れた。

「如何して?」

 男は剣についた血を丁寧に拭き取りながら口元を歪めて嗤った。

 普段は面倒くさがって余り動こうともしないのに、殊に剣に関わる事だけは熱心だ。

「普通の女は、こんな場面を見れば悲鳴を上げて逃げるか、俺を罵倒するものだと思っていたが?」

 普通、と前置きする辺りが厭らしい。

 普通じゃないのはお互い様でしょう。

「そうされると貴方は如何するの?」

「――狩る。美しい女だったら……そうだな、一晩くらいは生かしておくか」

 最低だね、と鼻で笑った。

 本当に、何て曲がった事をする男なのか。

 ……嗚呼でも此の男を何時の頃からか愛しいと想っている私も、とんだ最低の女か。

「ね、例えば、貴方に愛を囁く女が居たら如何するの」

 剣を鞘に戻しながら、男は僅かに考えるように目を細めた。

「神子殿だったら考えない事はないが?」

 クッ、と笑み乍紡がれた言葉は揶揄の色が混じる。

 嗚呼、この男は本当に如何しようもない。

「私も、貴方だったら良いかもしれないよ。――最後には、剣を向けるだろうけど」

 私の返答に、男は其れでこそ神子殿だと言わんばかりに嗤った。

 結局、この男も私も、まともな幸せを思い描く事は出来ない。

 ね、私達お似合いでしょう?

 貪れるだけ貪り合って、そして最期は互いを喰い合い果てるのが相応しいと想わない?

「歪んでるよ、貴方も、私も」

 そして、この愛の形も。

「真っ当なものなど、面白味も何も無いだろう?」

 其の通りだ。

 綺麗ごとはもう沢山。

 理想論は眩し過ぎる。

 だから私はこの男が良い。

「行こう、知盛」



 此の私の思考は、此の男を好きでいる理由として、如何しても必要だった。

 そうまでするほど 私は貴方を 愛してます。

 仮令此れが、歪んだ愛と呼ばれようとも。。  


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