「姫君は何時もオレにつれなくないかい?」
縁側に腰掛け、足を揺らす望美を見下ろすように、目の前に立ち上体を屈めてみせる。
指先に、細い絹糸のような桜色の髪を絡めながら囁きかけるのだ。
姫君に付き従う従者のように恭しく甘い香りを放つ髪に口付けようとしたけれど、其れは望美がするりとヒノエの手から髪を引き抜いた事で叶わなかった。
「そう思うのは、ヒノエくんに疚しいところがあるからだよ?」
まるで少女のような口振りで、言っていることはキツく耳に響く。
邪気のない素振りで言われてしまったのならばそうなのかも知れないと思わせるだけの力が望美にはあるから。
白く細い指先が桜色の髪に触れ、もう二度とヒノエに触れさせないとでも言うかのように後ろに髪を払ってしまう。
其れを何処か哀しげな瞳で見詰めながらも、曖昧な微笑を浮かべる事しかヒノエには許されていなかった。
こんなにも近くに居るのに、こんなにも遠い。何かをしたというわけではないのに、望美はヒノエに対して必要以上の警戒心を抱いている。
「こんなにもオレは姫君を想っているのに?」
低く落とした声音はヒノエの年齢よりも幾分も艶を含み、耳に心地良く響くもの。
けれども望美はただそれを鼻白むようにして見遣るだけ。
「こんなにも、って言うけれど、心を開いて見せれるわけじゃないでしょう? 私、ヒノエくんのそういうとこ苦手」
棘があるわけではなかったけれど、其れは明らかな拒絶の台詞。
仲間としての信頼はあるけれど、男として意識するには苦手過ぎるのだと。まるで世間話をするかのように緩やかに語る。
他の女だったならば「見る目がない」と、そんな風にして興味を失ったり、躍起になって落とそうとしたりするのだけれど、今回ばかりは違う。
紡がれる拒絶の言葉に心は傷ついている。
此れが自分がこの少女に本気であるのだという確かな証拠なのだとも思う。
「この気持ちは信じてもらえない?」
だから、バカみたいに真っ直ぐに、真正面から問いかける。
如何したらその髪に触れることを許される? 如何したらお前の心を掴む事が出来る?
「信じる信じないの問題じゃない。分かるでしょ?」
わからないよ。
「オレは本気だから。本気で望美のことが好きだから。だから、お前の心を掴みたいんだよ」
真っ直ぐな言葉、真っ直ぐな視線。
此れだってきっと望美が得意とするものではないのだろうけれど、伝わらなければ意味が無い。
本気なのだと知ってもらわなければ意味がない。
案の定、少しばかり困った顔を見せ、小首を傾げる望美だったけれど、先程まで揺れていた足は動きを止めている。
少しは本気だと信じてくれている?
冗談なんかでは無いのだと知ってくれた?
こんなことを聞くとやっぱりからかっているんだと言われかねないから、ただじっと姫君の言葉を待った。
ヒノエにとっては永遠にも感じられる時間の経過。
微笑んだ望美の顔は、何だか少し意地悪で。悪戯を思いついた子どものような顔をしていた。
「掴めるのならどうぞ、掴んでみせて」
ね? と眼を細め、ヒノエに誘い掛ける。
まるで予期していなかった反応に、咄嗟に言葉が紡げない。
「望美……?」
「掴める自信があるのなら、掴んでみれば良い。ヒノエくんの遣り方で掴んでみせて」
上から物を言っているみたいだけど、と笑ってみせる望美の顔は奢った素振りなんてヒトカケラもなくて、本当に思って紡いだ言葉だということがわかる。
だから、少しだけ勇気をもらった。
「それは頑張れってことだろ? 仰せのままに。姫君が素直にオレに気持ちを告げられるようになるその時までオレは尽力するよ」
其の言葉に片眉を跳ねさせ、望美は立ち上がった。
「頑張れとか言ってない。諦めてくれるのなら其れで良いもん。寧ろ諦めた方がお互いの為だと思うし!」
言い切ると、部屋の奥へと戻る為に踵を返す。その時ふわりと靡いた桜色の髪に、少しだけ触れる事が出来、ヒノエは気付かれぬように密かに笑んだ。
「待てよ、望美」
すっかりそっぽを向いてしまった背中を追いかけるように、ヒノエもまた、動き始める。
前途多難なこの恋は、終着点も分からぬままに加速して行く。
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