君を見ているのが好きだった。
強くて、なのに優しくて……オレにさえ陽だまりのような微笑みを向けてくれる。君や皆と居ると、自分が本当に奇麗な人間のようだと錯覚してしまう程だった。
……そんなこと、あるはず無いのにね。でも、本当に…夢みたいに幸せだったんだ。
何故なのかは、良くわかっている。オレは皆が好きで、大切だったんだから。
――そして。
オレは何より、君が、好きだった……。
「兄上……」
縁側に腰を降ろした儘、ぼんやりと外を見ていた所背後から声が掛かる。躊躇いがちな声は、自分を兄を呼ぶ人は、自らの妹であるとは知れたこと。
妹がこんな風に遠慮して声を掛けてくるだなんて珍しいと密やかに思う。
……九郎が君と、君の世界へ去ってしまってから、幾ばかの時が過ぎた。
けれど。未だにオレの心には、あの頃皆で一緒に居た光景が焼きついている。
「朔、どうしたの?」
顔だけを朔の方へと向けるようにして問い掛けた。陽が揚々と照っている所為か、室内は影が濃く、朔の表情を認める事は出来ない。
其れでも気配は感じる事が出来、朔が少しばかり気遣わしげな素振りを見せている事が解った。
「……寂しく、なってしまったわね」
それが何を指すのかは十分に、哀しいくらいに解ってしまった。朔は、九郎たちが居なくなってしまった事を言っているのだ。
そうだね、と生返事をしながら、オレは別のことを考える。
……誰も、本当の意味で失ってしまわずに済んで良かった、と。
各々の心には、傷は残ってしまったのかもしれない。斯く言う自分だって、自分の立場等そんなものを考えて、皆の力に最大限になれなかったことを今でも悔やんでいる。
傷が残るのは、仕方のないこと。
そう言い聞かせるように心に描いて庭に向き直ると、ゆっくりと目を伏せた。湿気を孕んだ風が纏わり付くのを感じ、夜は雨が降るかもしれないと思考の片隅で考える。
半ば強制的に終わらせたような形であったのに、朔は立ち去る事もせず、黙って後ろに立っているようだった。
「――今頃……」
「……え?」
意図せず自分の口から音が漏れる。ふっつりと途切れた言葉を聞き逃さなかったのか、朔が疑問気に声を上げた。
「……兄上?」
ゆっくりと、呼ばれる。
催促するような気配に、思わず苦笑いをしながら長く細いため息を一つ吐いて瞼を押し上げた。
「今頃、九郎たち、何してるかなあと思っただけだよ」
嘘じゃない。嘘じゃないよ。考えていたのは本当。
ただ、今此の瞬間、あの子と一緒に居るのだろうかと考えてしまっただけの話。
未練たらしいなあ、と自分でも思う。オレの心の傷は、まだまだ癒えそうには無いようだ。
……オレは、今でも君が好きだよ。
結局伝えられなくて、結局、君は別の人の手を取って。結局、オレは取り残された。
恨み言を言うなんて筋違いだと解っているし、そんなつもりも更々無い。だけれど、少し胸が痛いよ。
「望美たち、幸せであると良いわね」
オレの気持ちを知ってか知らずか、朔は涼やかな声で言葉を紡いだ。
幸せで無い筈がないよ。なんて、確信めいた言葉を吐き出しながら、オレは心で涙を流す。
君が好きだよ。今も変わらず。
だから、如何か幸せに……。オレはそれだけを願っている。
有難う。オレは君がくれた、たったひとつのものだけで此れから先もずっときっと生きて行ける。
伝えられなかった君への想いは、オレからのたったひとつの贈り物。そして……君がくれた、たったひとつの。
「彼女は、この世界に希望をくれたんだから。そんな人が幸せになれないなんていう道理は無いよ」
たったひとつの、“希望”――。
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