先生の傍に留まること。
其れはとても幸せで、漸く先生に受け入れられたのだと、そんな気がした。
……私よりも幾分も、
先生は苦しい想いで生きていたのだろうけれど。
其れでも、今、幸せだと思って欲しい。
繋いだ手、大きな手。
ぎゅっと握ると先生は僅かに微笑むように目を細めてみせた。
今日は二人でお出かけ。
私達は予てより約束してあった場所――……あの、花畑へと、足を運ぶ。
時空を越える前を数えなかったら、此れで3回目。
終始先生に拒絶されないのは、多分今日が初めてになると思う。
二度といざなうことはないだろう、と……そう言った先生の言葉は違えたことになる。
でも其れは、嬉しい誤算だ。
「何だか、随分と長い間訪れていなかったみたいですよね」
「――嗚呼。しかし此処は……変わらない」
先生は少しばかり遠くを見詰めているように言う。
その“変わらない”という言葉が、私達の心が通じ合った時から言っているのか、其れより以前なのか、わからなかった。
しかし、聴く必要はないのだと思う。
噎せ返るほどの甘い花の匂いに包まれて、二人でこうしていれるようになったのだから。
だから、先生。
思い出して辛くなるような過去は、思い出さなくて良いんですよ。
「これからも、ずっときっと…変わりませんよ。……私達が居なくなった後だって、きっと此処は――」
時空を幾度と無く遡って来た先生は沢山の運命を見て来て時間が止まっているからこそ、“此れから”のことには少し敏感なのだと思う。
起こる未来を知っている事も怖いけれど、知られざる未来が訪れる事も怖いものだから。
だから、大丈夫であって欲しいという願いを込めて、この場所は変わらないのだろうと宣言する。
そう――きっと。
私達が歳を重ね、やがてこの世を去っても此処はこのまま残って居るのだろう。
其れが私達がこの世に生きて、悩み、苦しみ、そして幸せを築いた事の証明。
私達が満ち足りていたことの証。
「……きっと、そうなのだろうな」
私の言葉が正しいみたいに微かに笑う先生が、愛おしかった。
その愛おしさが気恥ずかしくて、その、気恥ずかしく思って居ることが尚更恥ずかしくて。
気付かれぬようにやんわりと繋がれていた手を解き、花畑の中央へと駆け出した。
「足元に気をつけなさい」
折角二人になったのに、言ってることは“先生”の言葉なのだと口許に小さく笑みが浮かぶ。
……多分、こんな風に注意されたりするのも“此れから”も変わらないこと。
そういうのも悪くない。
何時までも一緒に居たいと思うから、心地良い反応をして欲しい。
「先生、ほら。花が綺麗ですよ」
私がそう言うと、先生は仕方なさそうな顔をしてみせる。
離れた位置に立ってみると、先生と花畑というのは少し似合わないかもしれないと思い当たった。
でも、似合いませんね。と口に出す事は出来なくて、私はただただ花の匂いに包まれながら、笑った。
幸せだった。
如何かこの幸せが、この花畑のように綺麗で、長く続いてくれますように……。
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