たとえば貴方と出逢わなければ、私は今、如何なっていたのだろうか――?


「最近とみにそう考える」

 ぽつりと漏らされた言葉に、望美は不思議そうに瞬きをした。

 睫が影を落とす程に伏目になっているのか、はたまた純粋に睫が長いのか。

 そんな関係無い事をぼんやりと望美は考えていた。

「……何をですか?」

 小さく問い掛けた言葉に、敦盛は漸く緩く視線を望美の方へと移した。

「……自分の、存在のことを」

 敦盛がこんな風に自分のことを考えたり悩んだりするのは今までも良くあって、
 その度に望美は寂しいような哀しいような気持ちにさせられていた。

 今だって、敦盛の表情を見ると絶対に悪い事を考えていたのだと思う。

「私は神子に出逢わなかったならば、きっと今此処には居なかったのだろう……」

 望美にはそれが“この世界”に居るという意味ではないのだと解っていた。

 敦盛は常に自分の存在に劣等感というものを持っていて、……見ていると辛い程に哀しげだ。

「そんなこと言わないで下さい。現に私達は出逢っているし、こうして、今も一緒に居るんですよ……」

 剣を持って居たとは信じられない程の白く華奢な手が敦盛の手をそっと握った。

 手は、少し震えていた。

「……私達は、出逢わなければ良かったのかもしれない」

 握る手に力が篭る。

 酷い台詞を吐かれた事に、望美は憤りすら感じていた。

 嗚呼、なのに。

 拒絶の言葉を吐かれた女よりも、拒絶の言葉を吐いた男の方が傷付いた顔をしているのは何故なのだろう。

「私は、そんな事信じません。……認めません」

 心を強く持って、きっぱりと敦盛の言葉を否定する。

 辛抱強いこの行為も、こういった遣り取りも、今まで何度だって繰り返してきた。

 そしてまた、何度だって繰り返すのだろう。

 苛々しないワケではなかった。

 時折、本当に遣り切れない衝動に駆られる事もあった。

 だが、決して望美は目の前の相手を見捨てることはできないのだ。

 愛しているから、などと……そんな在り来たりな言葉では言い切れぬ程の感情を抱いている故に。

「だが、出逢わなければ……お互いに、辛い思いをすることもなかった」

 きゅ、と唇を噛み締め、敦盛は俯いてみせる。

 こんな時、敦盛はとても儚げで、存在を見失いそうになる。

「――辛いんですか。敦盛さんは、私と出逢った事は、辛いだけでしかなかったんですか」

 望美の言葉に棘が交じる。

 自分の心を押し殺して優しい言葉を吐くことは幾らでも出来る。

 けれどそれはしたくなかった。

 自分の考えている事を、素直に口から吐き出すべきなのだ。

 其れが、相手を責めるようなものであったとしても。

「そんなことはない。……幸福だった。今だって、とても……とても。……この上がない程……だが、だからこそ」

「怖いんですか?」

 言葉尻を奪うように望美は凛とした声音で言った。

 其れに対し、敦盛は緩く頷く。

「怖がる必要なんて、何処にもないじゃないですか。敦盛さんはただ、私と出逢わなかった時の事を怖がれば良いんです」

 ――私は神子に出逢わなかったならば、きっと今此処には居なかったのだろう。

 そう敦盛は言った。

 ならば、その仮定を恐れれば良い。

 出逢えたからこそ今存在している事を喜べば良い。

 存在を望む人が居ると言う事。

 愛し愛される人が居ると言う事。

 ……幸せだと言う事。

 沢山のものがある“今”を噛み締めて、躊躇わずに生きていけば良いのだと望美は思った。

「今度、出逢わなければ良かっただなんて言ったら敦盛さんでも、……ううん、敦盛さんだからこそ絶対赦しませんよ」

 いっそ睨みつけるみたいに望美は敦盛を見た。

 敦盛はそれに曖昧に笑って返し、緩く頷いてみせる。

「――神子は、優しいな……」

「敦盛さんは結構馬鹿ですよね」

 唇を尖らせて不平を言うような望美に、敦盛は只々性分なのだと笑った。

 そうして、小さく。

 ほんとうに小さく……敦盛は、囁くように言葉を紡いだ。


 ――貴方と出逢えて本当に良かった。



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