「……何だか銀と手を繋ぐっていうイメージ、ないな」



 段差があるからと、手を差し出してみれば向けられた言葉はそんなもの。

 それでも神子様は私の手を取るようにして些細な段差を越えてみせた。

 だが、手は直ぐに離れて行ってしまう。

 一瞬の温もり、触れた手と手は結ばれた紐を解くよりも容易く解けてしまう。



「……それは……私と手を繋ぐのがお厭だとおっしゃられるのですか……?」

 半歩先を行く愛しいお方の背を目で追い駆けながら、神子様の真意を探るように問いかける。

 拒絶をされてしまったような気がして、情けない事に、不安になってしまった。

 感情が余程情けなく声に出てしまっていたのか、神子様は慌てたように振り返ると、手を左右に振ってみせる。

「そういうことじゃなくて……嗚呼、何ていうか……あっちの世界にいたころは、二人とも、武器……を持ってたじゃない?」

 言葉を選ぶように、天を仰ぐようにしながらも言葉を紡いで行く姿は、可愛らしいとしか表現のしようが無い。

 けれど、だから何だと言うのだろうか?

「それに……今でも銀、あんまり真横、歩いてくれないから」

 其れが何処か責められているような気すらして、少しだけ困ったように眉尻が下がってしまう。

 心当たりが無いというわけでは無いのだ。

 寧ろ、重々自覚している。

 神子様を守りたいという気持ちが、真横に並ぶ、という行為を抑えている節があるのだ。

「――申し訳御座いません」

 心苦しげに呟やいてしまった謝罪。

 それを受けて、逆に神子様が苦しそうな顔をなさる。

「責めてるワケじゃ、ないの。寧ろ、嬉しいって思う時だってある。だけど……」

 これじゃあ、あの頃と何も変わらない。

 そう、神子様の唇が音もなく動いた。

 一歩、足を踏み出せば十分に抱きしめられる距離。

 だがその一歩分がとてつもなく重く圧し掛かる。

 愛しい人、――愛しい人、如何か私の生き様を否定しないで下さい。

「……ごめん、私スゴイ我儘言ってる。今でも十分幸せなのに」

 不意に表情を曇らせたかと思うと、自分を責めるような風に言葉を紡いで行く。

「普通の女の子じゃ、きっと此処までして貰えないよ。私、どんどん欲深くなってる……」

 きゅぅ、と目を細めながら唇を引き結ぶ。

 堪えるようなその表情に、……不謹慎ながら、可愛らしいと心揺さぶられた。

「神子様はもっと、欲張りになられても宜しいと思いますよ」

 抱きしめたいという衝動を堪えながら、緩く首を傾げるようにして俯きかけた神子様に語りかけた。

 頑なになってしまった神子様の心を解きほぐすには、此方は努めて柔らかく出なければならない。

「と、申しましょうか……私を困らせてしまう位は可愛らしい我儘を言って欲しいのですが」

 笑みすら浮かべながら言った台詞に、神子様が何か言いたい事でもあるように顔を上げた。

 けれど、それを赦さぬように、細くしなやかな指先を捕らえるように神子様の手を掬い取る。

 指先が触れ合う瞬間、心が通じるような、そんな気がした。

「……正直に申して下さいませ。……手を、繋ぎたいと……望んでくれていらっしゃるのでしょう?」

 指先で真珠のように輝く爪に口付けるように神子様の手を持ち上げ、翡翠の色をした瞳を見詰めた。

 途端、羞恥でか、頬が薔薇色に染まって行く。

 神子様は変わらず慎み深い女性だと思わずにはいられなかった。

「銀、ずるい」

「おっしゃっている意味が判りかねます」

 暫しの間口篭るようにした後、細い顎を引くようにしてコクン、と小さく頷く姿を認める事が出来た。

 其れは紛れもない、手を繋ぐことへの了承の意。

 本音を言うならば、清らなるこの指先に幾度となく唇を落とす事も悪くはなかったのだけれど。

 しっかりと神子様にも手を握り返して欲しいから。

 す、と手を下げ、手を繋ぎ直す。

 一瞬離れた手を再び触れる瞬間、なんとも言い知れぬ幸せを感じた。

「となり、あるいてね?」

 小さく地面に向けて落とされたか細い声を、聞き漏らす事なんて、ある筈がない。

 勿論です、とその返事の変わりに繋いだ手に少しだけ力を込めたのだった――。






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