「今日は銀が望んでいることをしてあげたい。何時も私のことばかり優先してもらってるから、今日は何でも我侭言ってね? 私、何でもしてあげるから」
そう言うと、銀は少しだけ困ったように小首を傾げるような仕草をしてみせた。
「……何でも、ですか?」
きっと何故いきなりこういう事を言い出したのかすら解っていない素振りで、其れでも私の要望に答えようと頭をめぐらせているのが解る。
銀を喜ばせようと思って言った言葉が逆に気を遣わせる事になってしまいそうで、私は慌てた。
「別に無理して言って、ってワケじゃないよ。ただ、こっちの世界に来て銀だって色々不便な思い、したでしょ? そういうの、あんまり私、相談されなかったし……、だから少しでも役に立ちたいなあ、って……思っただけだから」
気を遣わせないようにと少し言い訳じみた言葉を重ね、ちらりと上目遣いで銀を覗うと、嬉しそうに微笑んでくれる姿が見えた。
「お気遣い有難う御座います。相談しなかった、とおっしゃいましたが、其れは神子様が私の事を気遣ってくれて色々説明して下さったから然程疑問に思う事はなかったのですよ。細やかな気配りが何より私を喜ばせましたものを……」
すらすらと紡がれる言葉が淀みなく、極々自然に私を褒めている。
そんなに大した事をしたわけじゃないのに、彼の唇から零れ落ちると凄いことのように聞こえて気恥ずかしくなるのだ。
「うー……」
やっぱり何時も気を回される側なのは自分。
ついつい小さく唸ってしまうと銀はふと表情を緩めた。
「そう……ですね。でしたら此の間駅前に出来たという喫茶店に連れて行って下さいませんか?」
柔らかく紡がれた言葉に、二つ返事で頷こうとしたけれども、それも直ぐに思いなおす。
何故ならその店の話を銀にしたのは私。
そして、その内容と言うのは――。
「……ケーキが美味しいらしいから、一度其の喫茶店に行ってみたいって言ったの私だよ。銀、ケーキが食べたいわけじゃないでしょ」
むっつりとしてしまった私の顔を見て、銀は少しだけ不思議そうに首を傾げた。
其れの何処が可笑しいのかとでも言うように。
「私の行きたい所じゃないよ。銀の行きたいトコとか遣りたいコトとかを聞いてるの!」
きっとそんな場所に行って、私が奢るからと言ったってやんわりとはぐらかされて結局は銀が支払いを済ますのが目に見えている。
それじゃ意味がない。
私は誕生日を祝ってあげたいのに。
「私は神子様がケーキを美味しいと言って微笑んで下さる事が何よりの望みなのですが、それではいけないのですか?」
視線を合わせるように銀は上体を屈め、膨れっ面をしている私の顔を心配そうに見やった。
「私にとって神子様が喜んで下さる事が喜びなのですから」
重ねて言うように、銀が呟き優しい微笑みを浮かべる。
この人の想いは知っている。
本当に私の事を好きでいてくれていることを知っている。
でも、私だって銀のことが好きなんだから、彼の我侭を叶えてあげたいのだ。
「うぅ……。でも……」
銀の言葉にひとつ頷けば話は収まるというのに、納得がいかずに不満げな声が漏れる。
其れを見て取ってか、銀の長い指がそっと支えるようにして私の左手を取った。
「……其れでは、ひとつだけ。私の我侭を聞いて下さいますか?」
我侭を言って貰えるのだ。
嬉しくて、言われた言葉に「勿論」と言う風に思いっきり頷いてみせた。
銀は私の手を恭しく持ち上げ、そっと指先に口付けを落としながら耳に心地の良い声音でそっと声を漏らす。
神聖な儀式のような綺麗な言葉。
どんな睦言よりも幸せになれる魔法の言葉。
拒絶することも叶わないほどの……幸福の約束。
「神子様……いえ、望美。私の愛しの君。どうか、我が妻になってはいただけないでしょうか……?」
返す答えはひとつだけしか存在しなかった。
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