暖かな風が頬を嬲る。
柔らかな陽光が庭を歩く私たちに降り注ぐ。
まるで世界の全てから祝福されているような錯覚に陥りそうだ。
そんな場所を、私と、敦盛さんと二人きりで歩く。
無理に此方が誘った形には違いないのだが、彼は日の光に申し訳が立たぬように私より数歩遅れ、やや俯きがちで歩いている。
如何してそんな姿勢になるのか、其れを理解していて誘い出すという行為は酷く残酷だと自覚している。
正直に、言えば……。
彼を誘った私自身も、この眩い世界を見ると居た堪れなくなってくる。
運命を上書きしている私は、この世界にとっては異物に他ならない。それも、極めて有害な。
だから考える。
私の存在は、果たして此処に在って良いのだろうか、と……。
けれど、そう理由付ける以上に……私は言いようの無い落ち着かないような感情を抱いているのだ。
この感覚が拭えなくて、其れがまた、怖くて……。
せめてこの胸につっかえたものの原因を知りたかった。
理由は違うにせよ、敦盛さんも自分の存在を不安がっているのは確かだから。
…だから、若しかしたら彼も……私と同じ恐れを持っているのかもしれないから……。
「――……敦盛さんは、こんなに良い天気なのに如何して誘った時、嫌がったんですか?」
くる、と方向転換をし、後ろを歩いていた敦盛さんと向かい合わせになるようにして立ち止まった。
返される言葉の予測はついている。
酷だって解っていながらも、私はじっと、彼を見詰めて問い掛ける。
「私は、穢れているから……こんな場所は、相応しくない」
自分の台詞に傷ついているかの如く、苦しげに眉が寄せられる。
そんな姿を見る度に、腹立たしくなって、苛々して、それでいて、哀しくなる。
そうやって、相応しくないということを『何も知らない』筈の私に躊躇いながらも告げれるということ。
私のように自分の穢れを隠そうとしていないことだけで、十分心は綺麗なんじゃないか。
私の方が余程、穢れている……。
嗚呼、違う。そうじゃない。
私はきっと、穢れているとかそういう言葉じゃなくって、『汚い』んだ。
其れが何だか苦しくて哀しくて、目頭に熱いものが込み上げて来る。
睫を伏せている敦盛さんは此方を見ていないから気付く事はないだろう。
感情の変化を押さえ込もうと、半ば無意識の内にきゅ、と唇を噛み、息が止まった。
どれ程の沈黙が流れたかは定かではないが、私が漸く落ち着いた頃も、敦盛さんは居心地が悪そうに其処に居た。
「……敦盛さんは、私には十分……穢れてなんかいないように見えますよ。……例え、どんな存在でも」
念を押すように最後に付け足した言葉にはっと顔を上げて此方を見詰めてくる。
知って居るのかと問いたげな視線は、それでも言葉に出して問う事は出来ずにいる。
それがこの人の性格なんだろうな、と考えると、呆れるような、微笑ましいような感情が沸いて来る。
思わず自分の顔が、曖昧な微笑が口許に浮かんだ事を知覚した。
「だから敦盛さんはもっと自信を持ったって良いんですよ。表情、曇らせてばかりじゃ駄目です」
伝えたい事を十分に整理する事も出来なくて拙い言葉だったけど。
「そう言ってくれるのは嬉しい……其れでも私の存在は……許されないのだと、思う……」
貴方がそんな風にしていると私はもっともっと惨めになる。
「……神子……?」
一度目の呼びかけは、酷く躊躇いがちに。
嗚呼、こんな話をする筈じゃなかったのにな。
如何して気付いたら、私は敦盛さんを励まそうとしているんだろう。
「……神子」
二度目の呼びかけは、少し、勇気を持って。
「……泣いて、いるのか……?」
三度目の呼びかけは、……優しかった。
僅かに動いた彼の手が、私の涙を拭くためのものだったかどうか解らないけれど。
でも、きっと其れ以上動く事がなかったのは、彼の性質故なんだろう。
そう言えば頬を何かが流れるみたいに擽ったかったけど。
敦盛さんの顔がぼやけたように良くは見えていなかったけど。
泣いてる、なんて思わなかったなあ……。
「泣いてませんよ。見間違いです」
気恥ずかしいとかそんな感情だったかもしれないけど、指摘されると少し悔しくて無理な嘘を吐こうとする。
「いや、しかし……」
遠慮がちに言い募ろうとする彼に苛立ったフリをしてみせてそっぽを向き、乱暴に涙を拭った。
「泣いてないったら泣いてないんです」
まるで子どもの癇癪だ。
だったらこのまま、子どものように好き勝手言ったって良いんじゃないか、っていう気分になってくる。
乱暴に擦ってしまったから目元が少し痛いけれど、もう気になんかならない。
「敦盛さん。例え本当に存在することが許されなくても……私は、許しますよ」
不意に戻った話に、敦盛さんは展開についていけないような表情に移り変わる。
その変化を面白がるように笑ってから、再度、唇を開いた。
「私は貴方を許します」
はっきりとそう告げた時の、敦盛さんの気持ちはわからなかったけれど。
様々な感情が駆け巡ってるような素振りを見せながらも、彼は「ありがとう」と、微かに笑った。
それを見た時、すっ、と肩の力が抜ける気がした。
なんだ、そんな事だったのか……。
「……ね、敦盛さん。……私にも、言ってくれませんか?……『許す』……って」
きっと彼には私がこんなことを言い出す理由は解らないだろう。
私は敦盛さんの抱えているものを知っていて彼の存在を『許して』いる。
けれど、敦盛さんは私が敦盛さんのことを知っているということも、私の抱えている思いも知らない。
それでも私はただ、誰かに『許して』欲しい。
「理由は解らないが、神子がそう望むなら……。……私は、神子を……許す」
普通なら理由を問うだろうに、それをせぬままに口にしてくれる。
込み上げてくる笑いを押さえ込みながら、私は彼の腕を取った。
「み、神子……?」
何時か、話せるだろうか。
今日私がどんな気持ちでいたかということを。
何時か、本当に許してもらえるだろうか。
強制した言葉じゃ、なく。
「みんなが待ってますよ。行きましょう」
私も貴方も自分が抱えているものを正面きって打ち明けられるようになったらそれはどんなに素敵なことだろう。
嗚呼、陽光が暖かい。
それまで感じていた後ろめたさは今ではもうすっかり消え去っていた。
今はただ、すっきりとした気持ちだけが残り、『これから』を応援しているようにすら、感じたのだった――。
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