「敦盛さん、魚が安いですよ、魚! 今日の晩御飯用に買いましょうよ」
ふわふわと幸せそうに微笑む望美を見て、敦盛も知らず知らずのうちに表情が和らいで行った。
そんな和やかな若夫婦を相手にするとなれば、魚売りも自然気分が良くなるようで終始笑顔を浮かべている。
「旦那サンは細いねェ。しっかり食わねぇとぶっ倒れちまいそうだ。よし、奥さんも可愛いことだし今日は特別におまけしといてやるよ」
「え、良いの? 有難う!」
魚売りの言葉は偽りなく、戦が終わり徐々に平和になってきたとは言え未だ未だ世知辛い世にあって、破格の条件での買い物であった。
魚以外にも市で新鮮で安いものを仕入れ、二人並んで帰路に着く。
荷物を二人で持ち、片手を開けて手を繋いで。
決して裕福とは言えなかったけれど互いが存在するだけで何よりの至福。
――其れが、何時か壊れてしまうと解っているからこそ、有り難味は何倍も。
「ねぇ、敦盛さん。今日は何を作りますか?」
ゆっくりと道を行く隣の彼の顔を見詰め、望美は楽しげに語りかける。
料理は二人でする仕事。其れは何と平和な風景。
「新鮮な魚を大量に買えたから……、汁を作って温まるのも良いかもしれない」
今の時期は寒いから、そう付け加えるように。
「……敦盛さん、今まで料理したこと無かった癖に私より料理の上達が早いから一寸悔しいです」
それこそ毎日の日課のように、望美は其の台詞を口にする。
其れに対して敦盛は、少しだけ申し訳なさそうに笑ってみせるのだ。
「貴方も段々と腕は上がっているように感じるが……」
「もう! 無理に言ってくれなくて良いですよ! 料理の才能が無い事くらい解ってるんですから」
拗ねたような表情をして、望美はそっぽを向いてみせる。
強ち否定出来ない事なので敦盛も些か困ったように小首を傾げ望美の顔を窺った。
「神子……」
「望美です」
強い口調で窘められ、何時まで経ってもなおらない呼び方にハッとする。
態々言い直すのも気恥ずかしいものがあるけれど、言い直さねば望美は暫し拗ねたフリを続けてしまう。
だから。
「……望美」
控えめな声で、名を呼んだ。
するとまるで待っていたかのように望美は破顔し、繋いでいる手の力をきゅ、と強めるのだ。
「絶対何時か料理上手になってみせますからね?」
決意をにおわせる言葉に、一拍の間を置いてから二人、顔を見合わせて笑ってしまった。
――何時か。
その“何時か”が来るまで共に在れれば良いと、互いの心の奥底で強く強く願いながら――。
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