気付かない程極自然に。
二人で過ごす時間は増えて行く。
ただお互い傍に居るのが心地良かった。
自然と心安らいだ。
――其れは心を慰め合うようような関係だったのかもしれないけれど。
朔はそっと掌を丸め、天より舞い落ちてくる雪を手に閉じ込めた。
庭に降り積もる雪はしんしんと降り、止むことを知らないようですらある。
ひんやりとした雪の冷たさが肌に染み入るようで、寒いと感じる筈なのに何故だか微笑みが零れ落ちる。
平泉に逃げ込んだ現状はとても厳しく、笑う暇など無いと思われるのに――其れでも尚。
「朔。そんな薄着で……風邪を引いてしまいますよ」
不意に名を呼ぶ声が聞こえ、朔が其方に視線を向けると譲が邸の中から庭に下りてくるのが見て取れた。
気遣わしげながらも僅かに呆れたような含みを持っているのは少なからず二人の距離が近づいた証明か。
羽織る為の上着を手に持っている事から、態々一旦取りに戻った事が知れる。
「今日は其れ程寒く感じないわ。――でも、有難う」
其の気遣いを無碍になどするわけが無く、緩やかに微笑みを浮かべると上着を受け取った。
先程手に閉じ込めた雪はとうに溶けてしまっていて、今は其の名残とも言える雫がつ、と掌を滑るのみ。
肩に掛けると其れ一枚だけでも随分と違い、熱が閉じ込められる。
ほ、と一息吐いたところで、上着に掛けていた手を譲が取った。
「……寒くないって、真っ赤になってるじゃないですか。氷みたいに冷たいし――」
今まで外に出て居た者と室内に居た者とでは体温に大きな差がある。
手を掴んだ譲の手はとても温かく……じんわりと手に感覚が戻ってくるのが知れた。
だが、朔には其れより何より気に掛かることがあり、軽く……本当に軽く、我慢できなかったように吹き出した。
「? 如何かしたんですか?」
一旦洩れてしまえば塞き止めるものは無く、くすくすと笑い、口を開いた。
「いえ……何だか私、小さな子どもになったようだわ、って。自分がこうやって心配されると少し気恥ずかしいものね」
今までは、彼が幼馴染をこのように構う姿は幾らでも見てきたものだけれど。
そう思った途端、何とも重いような感覚が胸に圧し掛かる。
其れは何とも複雑な感情で、言い表すのは困難極まりない。
「嗚呼。良く、言われてました。過保護だとか、何だとか……」
瞬時譲の顔が哀しげに歪む。
此の地に来てから自然と譲は望美と二人で話すことを避け始めた。
――其れは譲なりの決別。報われない恋に終止符を打とうとする意思の表れ。
ただ厭くまで其れは意思であり、未だ感情は引き摺ったまま。
思えば望美の事を追いかけなくなってから、譲は朔と過ごす時間が増えた。
其れがまるで、矛先の向けばを見失ったからのように朔には思えて、哀しくも腹立だしくもないけれど。
――少しだけ、寂しくなる。
「譲殿。貴方は望美に構わなくなったから、私に構うようになったのかしら?」
気付いた時にはもう遅い。
疑問が水のように溢れ、問い掛けとして唇から零れ落ちてしまっている。
す、と繋がっていた手が離れ譲は朔の顔を見た。
一体何を言われているのか解らない、と言った顔で。
「違います、……何故」
本来なれば触れられたくない話題で、此れ以上この会話を続けるべきではないと察せるのに、何故か此の時の朔には「何でもない」「忘れて」の二つの単語が言えなかった。
「そうとしか思えなかったから。誰かに構って居ないとつい望美を目で追ってしまうのかしら、なんて……思ってしまうのよ」
まるで急に寒さが押し寄せてきたかのように、そっと上着の前を引き寄せる。
譲は朔の顔を見詰め――朔は譲の顔を見なかった。
「先輩の事は――、関係ありません」
「では、如何して貴方はこうやって私に構うのかしら?」
まるで寂しさの穴を埋めるように。
慰められたかったから? 一人で居るのが寂しかったから?
すい、と朔が視線を動かし、譲の目を見た瞬間、譲は弾かれたように声を上げた。
「“如何して”なんて、何故聞いて来るんですか?! 理由なんて……、……俺には、解らない」
――言葉尻をまるで吐き捨てるかのように言った後、譲は背を向けてその場を去った。
一人取り残された朔は、其の背に掛ける言葉も見つからず見送った後、俯いてしまう。
「……“如何して”と問い掛けてしまうのは、如何してなのかしら、ね?」
言葉は小さく零され、やがて、空中に消える。
雪は未だ降り止まない。
冷える身体を慰めるように、朔はそっと上着ごと自分を抱きしめた――。
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