略奪
「奪えるものなら奪ってみせれば良いよ。私は全力で阻止するから」
凛と響く少女の言葉はその声の甘やかさとは裏腹に決意を滲ませたもの。
迷い無い、自分の大切なものを守る為ならば剣を振るい人を傷つける事も厭わない。
――だが、本当にそうだろうか?
男は思う。
“此れ”は自分と同じ部類の人間だ。
“守る”と口に出し乍、その実他者を傷つける事を楽しんでいるのではないか。
自分の強さを周囲に示したいだけなのではないか。
……血の臭いに、血肉踊るのではないか。
一度思ってしまうと其れは妄念のように頭から離れない。
一人の女のことで頭が埋め尽くされる。
恋などと甘ったれたものではない。愛だとか美しいものではない。
ただ、腹の底から沸き起こるような慾がある。
追い詰め逃げ場を塞いだ先、自分と同じような女が如何するのかをただ見たい。
――奪ってやろう、全力で。お前が大事だとするもの全て。
奪えるものなら奪ってみせろ。
その言葉の意味、
身を以て知るが良い。
「……卑怯者ッ!!」
透き通っている筈の声はノイズだらけの高音で、だたの騒音にしか成り得ない。
何を以て卑怯とする。
舞台は戦。知略で全てを奪い去った迄。
残ったのはお前だけだったという話。
憎しみ宿る瞳を向けられると自然頬が緩んでくるのが解った。
「何を怒っている? お前が守れなかった、ただ其れだけだろう」
此処は戦場。
悠然と剣を構え対峙する。
守るべきものの無くなった場所で剣を振るう女は愚か極まりなく目に映る。
「貴方は私に挑むべきだった! こんな戦い方は余りにも卑怯よ! 私は皆を殺した貴方を赦さない、知盛!!」
張り上げた声は所々掠れて耳に届く。
自分で言っていて違和感に気付かぬのか。
本当に自分が其の事に激昂していると思っているのか。
知らず知らずの内に歪な笑みが浮かんでいたらしい。
何が可笑しいの、と弾劾するような語調で女が問うて来た。
怒りに狂うその姿が、何とも幼稚で愛らしい事。
「――……お前は本当に仲間が殺された事を怒っているのか?」
淡、と問い掛けると、当たり前だと言う風に女の眉が跳ねた。
何を言っているのだと、責めるようなその視線。
其れを見て、核心する。
己の直感は間違っていなかったのだと。
構えた剣を降ろし、一歩足を前に踏み出した。
ガチャ、と鎧が重い音を立てる。
「な、何。投降する気になっても、私は……」
「怒っているのは、自分の予想を俺が裏切ったからだろう……?」
ひゅ、と息を呑む音が聞こえた。
だが其れを誤魔化すように、違う、と唇を戦慄かせ乍、女は首を左右に振った。
違う筈が無い。
自分の性を認められぬ女よ。受け入れない事が何よりも罪悪。
一歩一歩、距離を詰める。
恐ろしいならば逃げれば良いのに、まるで足を何かに掴まれているかの如く女はその場に剣を構えた侭で立ち尽くすだけ。
「神子と崇められいた事で思い上がってはいなかったか、無力な女。他者を切る事を“自分は選ばれたのだ”と思い、正当化しようとはしていなかったか?」
「ちが、……私は、みんなの、ために」
あれ程勇ましかったのが今では嘘であるように、真っ青な顔をして何度も何度も剣の柄を握り締める。
指は痛々しい程に白くなり、乾いた唇は哀れみを誘う。
「何を。自分の為だろう。人を斬るのは愉しいだろう、叫び声を聞くと恍惚とするだろう? ――血の臭いが、好きだろう?」
反射的に逃げようとする身体を、腕を掴む事で逃がさないようにする。
明らかに怯えた視線。恐怖を自分に対して覚えているのだと知れば、仄暗い欲望がふつふつと沸き起こってくる。
我知らぬ内に、唇から次々に女を誹謗する言葉が零れ落ちる。
其れは自分を批難することにも通じていたが、今更そんなもの、胸を抉る程の感慨も無い。
其れは時間にしてみると短かったか長かったのかも解らない。
ただ女が泣きじゃくっても酷い言葉を投げ続ける。
喋る事に慣れてない咽喉が、渇きを覚えるようになった頃ふと女の顔を見てみると、最早涙も枯れ果てたのか、ぱりぱりに乾いた頬をその侭に、瞳を虚ろにさせている。
は、と呼気を漏らし其の両頬を掴み、顔を上げさせた。
「腐った性根が滲み出た顔をしている」
く、と嘲るように言っても、最早言い返す気力も無いのか、端からそんな気もないのか女はただ目を緩く伏せるだけだ。
その様子を見て胸に満ち足りたような苛立つような感覚が沸き起こる。
壊してしまった。愉しかった。
何故何も言い返さない。詰まらない。
愛おしみたいような殴り飛ばしてしまいたいような、曖昧な感情が沸き起こり、どちらを優先すべきか解らぬが故に嘆息が漏れる。
其れにびく、と身体を震わせる女を見て、何となく。
気まぐれに等しい気分で其の身体を両腕に包み込んだ。
「――、可哀想な女だ、もう逃げる事さえも出来ない」
此れからもずっと、飽きる迄。
閉じ込めて追い詰めて、責め続けよう。
――其れは女にとって辛い人生である筈なのに、腕に何処か安心したような気配が伝わってくる。
ぐ、と腕に力を込めると微かにその声が聞こえた気がした。
――みすてないで、と。
其れに対する返事はしない。きっとそれは空耳以外の何でもない。
後はただ、支配するみたいに抱きしめて、もう、離さない。