空全体を厚く多い隠している雨雲から垂れる銀糸を寝台に腰を降ろし、壁に寄り掛かり乍ぼんやりと眺めていた。

 そうして、己を異世界へと引きずり込んだ女を待つ。

 この世界では戦と言う最高の娯楽に参加することは叶わず、日々をただ怠惰に過ごしている。

 以前の自分であったのならば耐えきれなかっただろう生活。

 それが今ではどうだ?

 ただ一人の女の存在だけで血なまぐさい事のない現実に耐えられている。

 いや、耐えられているどころか血を浴びていたあの頃よりも随分と満たされている気さえしている。

「くっ、俺も大分ヤキが回っているな…」

 それでも不思議と不快ではない、この気持ちを何と呼ぶのか。

 平穏などと言うものに、安息を見出す事は出来ないと思って居た。

 殺戮のみが己の欲するところだと思いこんでいた。

 嗚呼、だが、こんな世界も悪く無いのだと、何故か思える。

 …つい、物思いに耽ってしまっていたのか、待ち人が部屋に入って来る音には気付きもしなかった。

「知盛?返事がなかったから勝手に入ってきちゃったけど…もう、いるんなら返事くらいしてよ」

 窓の外から部屋の中へと視線を映すと、腰に手を当てて拗ねたように僅かに唇を尖らせ抗議している女が居た。

 其れは、己が待ち続けていた女の姿だ。

「遅かったじゃないか…。待ちくたびれたぜ…」

 可憐な唇が紡ぐ小鳥の囀りの様な抗議は聞き入れず、自分の傍に来るようにと手招いた。

 意見を聞かぬのは何時ものこと。

 其れについては既に諦め切っているのか、未だ何か言いたそうな顔をしていながらも、口を閉ざし大人しく寝台の端に腰を降ろす。

「…ね、何ぼんやりしてたの?」

 私が来たのも気付かないで、と、そう訴えるような視線を向けられる。

 其れが厭わしいとも思えずに、いっそ、愉快だと思えたりする。

「……別に、大した事じゃない…」

 今傍に居る人物の事を考えていただけのこと。

 そう長々と説明することが面倒で、大した事ではないと一括りにする。

 すると、それを如何受け取ったのか、何か言いたげな瞳が此方を見ていた。

「……あの世界のことを、思い出していたの…?」

 この女は。

 強引な所がある癖に、こんな場面では直ぐに不安そうな顔をしてみせる。

 俺が、あの世界に沢山の未練を残しているのだと何時までも思いこんで居る。

 其処まで信用が無いのか、と思うと同時に、自分が如何見えるかは重々承知している為に、信用できずとも仕方がないかとも思う。

 悪戯心が沸いて来たのは、ほんの偶然。

 強い力を込めれば折れてしまいそうな腕を掴み、寝台に組み敷く。

 この細くたおやかな腕が、あのように剣を振るっていたとは信じられない。

 何が起きたのか解っていないような女の耳元に、息を吹きかけるように囁いた。

「俺が、この世界に厭いてしまうのが怖いか?元の世界に戻るのが怖いか…?」

 此の世界へと来るときの約束事。

 退屈だと感じた時、元の世界に戻る手立てを用意しておく事。

 この女と剣を交えれない世界など、本来ならば直ぐに厭きると思っていた。

 紡ぎ出された言葉に、怯えるようにか細い身体がビク、と揺れる。

「何を怯えることがある…?もし、俺が戻りたいと言ったのならば、如何様にも手段はあるだろう…?お前なら、俺を切り刻んでくれても良いさ…」

 本当は何より固執している癖に、離れる心算などヒトカケラもない無い癖に、このような戯言を紡ぐ。

 見下ろした顔は、そんな事は出来ないと告げるようだった。

 剣を持った時は迷いない目をする女が、こんな時、戸惑うような、苦しむような表情をするのだ。

 そして、そんな姿にこの上ない劣情を感じてしまう己は、矢張り少々歪んでいるのだと思う。

「………帰りたいの…?」

 寝台に押さえつけられつつも気になるのは其の一点か、心細げに見上げてくる。

 帰る場所は――還る場所は、もうお前の傍だと言うのに?

 皮肉気な気持ちになりながらも、気持ちを素直に吐露してやることはしない。

 精々悩み、苦しみ、ただ己という存在がその頭の中を占めてしまえば良い。

「繋ぎ止めてくれるんじゃ、ないのか…?」

「……でも」

 止める権利もない、と言い出し兼ねない唇を、無理矢理塞ぐ。

 逃れようともがく身体を、押さえ込み、長く長く言葉を閉じ込めた。

 唇を離した頃には、女は既に言葉を紡ぐことすら儘ならずに居た。

 上気した頬を、手の甲で撫でながら、其の心までも侵食して行く。

「お前が俺を満足させてくれるんだろう…?」

 組み敷いた華奢な肢体を体で覆い、首筋に所有の証である朱を残して行く。

「――愉しませてくれよ…」

 俺が欲しいと言った過去を後悔する程に、
 甘やかに漏れる吐息すら逃がしてはやらない。

 存在、生きる意義すら捕らえて、絡め取る。

 愛や恋だなんてそんな御託はいらない。

 この想いを狂気と呼びたい奴らには呼ばせておけば良い。

 さァ、全てを奪い、奪われる覚悟があるのならば…。

 このまま、果ての無い狂乱の宴に身を堕として行くだけ――。




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キリ番の5555を踏んでいただいたゼロサマに捧げますv

リクは知×望で甘シリアスということだったのですがその二つの要素入り混じらせるの難しいです、ね…!

何といいますか、知盛から見ては甘く望美視点で考えればややシリアスという気合で誤魔化せないかと

何となく知盛は言葉が足りないような気がしましたので、このようなものに仕上がりました。

おおおん駄文で申し訳ありませんーーー!(土下座)