凍てつくような空気と、銀世界。

 校舎から一歩出て世界を見渡すと、白い大地の上に、更に重なるようにちらちら六花が降っている。

 既に帰宅した生徒が辿ったであろう道は、もう綺麗な白じゃなくなり、泥交じりの汚い色になっていた。

 其れから目を背けるように視線を上げて、小さな白い、空から降る花弁を見遣る。

 差し出した掌の中で儚く消え行き、この手に留めて置くことは叶わない。

 ほぅ、と漏らす吐息の色も同じ白と言われるのに、如何して雪の白とはこんなにも違うのだろう?

「…春日先輩?」

 声の主は解っている。

 ぎゅ、と今掴み取ったばかりの雪を握り締め、私は笑顔を作った。

 寒さの為か、少し顔が強張ってしまう。

「譲くん?今日、部活は?」

 恐らく今日も部活はあるのだろう、鞄を持って昇降口に立ってはいるのだが、帰る空気とは程遠い。

「これからです。先輩、傘は…?」

「ああ、忘れちゃったの」

 心配そうな声で聞かれたのとは対照的に、あっさりとしすぎた答えを返してしまったと自分でも思う。

「忘れた、って…風邪を引いてしまいますよ。待ってて下さい。今、オレの傘を持って来ますから其れを使って下さい」

 言われた言葉に、少なからず動揺して、反射的に首を横に振っていた。

 別に傘を借りたいと思って言った台詞ではなかったのだから。

「いいよ。雪だからそんなに濡れないし。私、丈夫だもん。それに譲くんが帰る時困るでしょ?」

「けど…」

 尚も食い下がって来ようとする姿に、申し訳無さが先に立つ。

 心配してくれるのは嬉しいが、其の為に自分を犠牲になんてして欲しくない。

 けれども、予想外に譲くんは其れ以上言葉を紡がずに、ただ、複雑そうに眉を寄せる。

 その表情の変化の意味を考える前に、頭上に影が差し、何か温かいものが私の肩に触れた。

「そうそう。姫君の言う通り。ご心配なく?オレがちゃんと姫君を雪と言う凍てつく刃から守るからさ」

「ヒ、ヒノエくん?!」

 耳元で紡がれた言葉に漸く肩に置かれたのがヒノエくんの手で、空と私を遮ったのは透明なビニール傘だと言う事に気付いた。

「お待たせ望美。お前が寒さに凍えぬように参上したオレにお褒めの言葉でもいただけないかな?」

 至近距離で微笑まれ、甘く囁かれれば、顔に熱が集まってしまう。

「あ、ありがと…」

 思わずお礼を口にした私を見て、譲くんが軽く溜息を吐いているのが聞こえた。

「迎えに来たんだったら、もう一本傘を持ってくれば良いだろ」

 …その言葉に、僅かに怒気が込められていたように感じたのは、私の気の所為だっただろうか?

「さぁて?オレはまだこっちに馴染んで無いからね、思い浮かばなかったよ」

「…良く言うよ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて言ってのけるヒノエくんは、わざとだよ。と語っているみたい。

 けれども其れが許されてしまうような不思議な空気を持っているのだ。

「さ、譲はこれから『部活』だろ?邪魔しないようにそろそろ行こうか?」

 するりと肩から腰の方へと手が降りて来て、この場から離れる事を優しく促してくる。

 まるで魔法みたいなその動きに、私は従う事しか出来ないで居た。

「じゃあ、譲くん部活頑張ってね!」

「………はい。……先輩も、お気をつけて」

 ふい、と視線を逸らし、向けられた送り出す言葉は、何かを噛み締めるかのように苦く耳に届いた。




「――何か、譲くん変だったよね。…風邪でも引いてたのかな…?」

 二人で一つの傘に入り、並んで歩きながら、気懸かりだった事をヒノエくんに問い掛けてみた。

「…あぁ…。まあ、病だって言えば病だろうけどね」

 何の病だと思う?

 そう瞳に私に問い掛けてるようにしてくるけれど、風邪以外に何の病であると言うのだろう?

「だから風邪、でしょ?…嗚呼、それだったら部活とか出ないで帰れば良いのに」

 私の言葉を聞き、ヒノエくんは力なく笑い、何事かを呟いた。

 譲も可哀想だな、と。そう聞こえたような気がする。

 如何してなのかと思いヒノエくんの顔を見てみたけれど、
 ヒノエくんは曖昧な笑みを浮かべているだけでまるで何も言わなかったような顔をしている。

「兎も角、オレの前で他の男の話はしないで欲しいな。その可憐な唇から別の男の名前を聞くと気が狂いそうになるぜ」

 何時もと同じ様に軽い調子で紡がれる台詞に、誤魔化されているかもしれないと何処かで思いながらも私は笑った。

「…嗚呼、ほら望美、見て御覧よ」

 突如、そう言って真上を指差したヒノエくんの動きに釣られるように、傘越しの空を見上げてみる。

「…わぁ…」

 雲の狭間から光が降り注ぎ、その光を受けながら雪が降ってくる。

 それが透明なビニール傘を通して見る事で水滴と重なり合ってより一層きらきら輝いて見えるのだ。

「ビニール傘、なんて、普通色気がないけど、こういった視点で見ると悪くないだろ?」

 感嘆の声を上げた私を見て、嬉しそうな声を掛けてくる。

 確かに、透明じゃなかったらこんな風に傘越しに空は見えなかっただろう。

 ヒノエくんの言葉に同意を示すように思いっきり頷いた。

「すごいよ、綺麗。ありがとうヒノエくん!」

「…参ったな。こんな事で礼を言われるなんて…。まあ、姫君にご満足頂けたんなら良かったよ」

 満更でも無さそうに笑うヒノエくんを見て、私も嬉しくなる。

 結局のところ、ヒノエくんは何時も私を喜ばせようとしてくれているのだ。

 言葉に出来ないくらいにその気持ちが嬉しくて、もっともっとヒノエくんと一緒に居たいって思ってしまう。

「ね、ヒノエくん。このまま何処かに遊びに行かない?」

 そう誘いかけると、ヒノエくんは一度瞬きをした後に破顔した。

「オレが姫君の誘いを断るわけないだろ」

 何時も大人びた彼が時折見せる満面の笑みは、年相応に見えて可愛いとすら思えてしまう。

 何時かは元の世界に帰ってしまう人だとは解ってはいるけれど、この時間が少しでも長く続けば良いと思ってしまう。

 多分まだ、本当に小さな小さな雪の結晶くらいの私の想い。

 此の想いを育てたとしても、結局は辛い思いをするだけなのだろう、と。

 そう解っていながらも、私はこの想いを止められそうには無く、ただ、ヒノエくんの笑顔を目を細めて見詰めていた…。



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500HITのリクエストで、ヒノエ×望美←譲、と言うことだったんです、が。

こ、これでよかったでしょうか…!(どきどき)

途中から譲忘れられとりますが譲がヒノエと先輩の2ショット見るのは厭だ、という感じが出ていれば良いなと思っております。

ちなみにヒノエが言っている譲の病とは「嫉妬」です(こんなところで補足

こんな意味不明なもので申し訳在りません…!リク有難う御座いました!