「――どけッ!!」
怒気を孕んだ声が耳に飛び込んだと同時に、その声の主が私を勢い良く突き飛ばした。
敵を目の前にしてどさりと尻餅をつく形となった私は、咄嗟にその人に向け危ないではないかと文句を言おうとしたが、荒げる為に開いた口は、違う音色を奏でていた。
ポタ、リ。
「きゃああ!」
私の悲鳴はきっと、地面に紅い雫が落ちるのと同じタイミングだった。
「此の程度で騒ぐな! 早く立て!」
着物を裂き左の二の腕から血を流しながらも九郎さんは苦痛に顔を歪めることなく私に向けて叱責を飛ばす。
その言葉に現実に引き戻され、私は迫り来る剣を避けるように立ち上がり飛び退いた――。
……九郎さんは今、弁慶さんの部屋で傷の手当をしてもらっている。
私はと言うと、九郎さんが出てきたら直ぐ解るような位置に立ち、ちらちらと其方の様子を窺っていた。
「……あぁ。今後は気をつけるようにする。すまなかったな」
明瞭に聞こえて来た声と足音で、九郎さんが弁慶さんの部屋を出てくるのが知れる。
着物の下にすっかり隠れてしまっているが、其処にはきっと、白い包帯か何かが巻かれていることなのだと思った。
腕を特に気にする素振りもなく、そのまま真っ直ぐに何処かへと去って行こうとする。
此方に見向きもせずに歩いている九郎さんの背後に忍び寄り、長い髪の毛をぐん、と思いっきり引っ張った。
「うわっ!」
気を抜いていたとしか思えない驚いた声が九郎さんの口から零れる。
いや、気を抜いていなくてもこんなことをする者はいないだろうからの反応だったのかもしれない。
「……何であの時、私を庇ったんですか」
そんなつもりは無いのに、声に出してみると責めるような響きとなってしまう。
ごめんなさい、ありがとう。でももう私を庇って怪我しないで。
言いたい事はそれだけなのに、其れ以上の言葉が出てこない。
「いきなり髪を引っ張っておいて其れか」
私の手から髪を解放させながら、九郎さんは少しばかり呆れたように息を吐いた。
「――別に庇ったわけじゃない。倒そうと思った敵の傍にお前が居て邪魔だったから突き飛ばしただけだ」
うそつき。
あの行動は明らかに私を守るためのものに他ならなかったのに。
でも、九郎さんはきっとそのことを素直に認めない。
「…じゃあ、何で怪我してるんですか」
この質問には流石に九郎さんも咄嗟に言葉が出てこなかったように、一瞬眉間に皺が寄る。
けれどもふいと視線を逸らし、言い捨てるように口を開いた。
「此れは俺の不手際だ。まだまだ修行が足りなかった、それだけの話だ」
無理矢理今考えたと言った感の拭えない言葉だ。
見え透いた言い訳をするのは、九郎さんらしいと言えば九郎さんらしい。
だけれど、厭くまでも認めない態度が、悔しい。
「……解りました。もう、何も言いません。……でも。今度は私が九郎さんを邪魔だって言って突き飛ばしますからね!」
此れはちょっとした意趣返し。
九郎さんが私を庇ってくれたように、私が九郎さんを庇ったって、何のおかしな話でもないはずだ。
「!? 其れは駄目だ!」
驚愕に目を見開き、九郎さんが制止の言葉を紡ぐ。
「何でですか? 九郎さんもやったことじゃないですか」
そう言うと九郎さんは戸惑った風に視線を逸らした。
元より口が達者だと言うわけでもないが故に、私が言い包めることは恐らく無い。
問い詰めるような視線を向け続けていると、観念したように苦い顔をして口を開いた。
「怪我でもされたら困る」
「誰が困るんですか?」
間髪を入れずに返せば、九郎さんは僅かな間を置いて、言った。
「皆だ。……お前の身が心配なのは当たり前だろう」
「……九郎さんもですか?」
その質問を投げかけた直後、九郎さんは私の視線を逃れるように背を向けてしまった。
「仲間だからな!!」
無理に強調した感のある台詞に、思わず私は笑みを零しそうになった。
――背を向ける直前の九郎さんの顔は、真っ赤だった。
【Back】
すみません九郎さんのツンデレ難かし、くて……!
望美ちゃんも可愛くなりませんでしたorz
組み合わせ以外リクを無視しまくった形となりましたが、35000を踏んで下さったハル嬢に捧げま、す…!(脱兎)